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スイーツ&デストロイ

旅行記と備忘録

べトナム ホーチミン(スィティエン公園/サイゴン動植物園)メコンデルタ

べトナム(ホーチミン/ハノイ) アジア 旅行 海外旅行

スィティエン公園のシンボルである、初代国王の顔が掘られた巨大な岩山

スィティエン公園に燦然と輝く、黄金の千手観音像

スィティエン公園のパレード①

スィティエン公園のパレード②

スィティエン公園内の寺院

スィティエン公園のワニ園(生肉をつけた釣り竿でワニ釣りができる)

サイゴン動植物園のカバ

サイゴン動植物園で柵の向こうのヤギに餌をやる子ども

メコンデルタ

メコンデルタ

ながらくのあいだ、わたしにとってホーチミンサイゴンとは「18歳でわたしは年老いた」という冒頭の一節が印象的な、マルグリット・デュラスの自伝的小説「愛人(ラマン)」の舞台としての場所だった。べトナム、ラオスカンボジアが仏領インドシナとされていた、南北分断より以前の時代を背景に、フランス人少女と中国人青年の性愛をえがく、かなしくてうつくしい物語だ。そこは季節のよみがえりがない、東南アジアのほそながい熱帯で、いつも、おなじひとつの、暑い、単調な気候だという。街はシロップを焦がした匂いや、南京豆を炒った匂い、中国風スープや焼肉、さまざまな薬草やジャスミン茶、埃や香料や木炭のそれが入り交じり、僻地の村々の匂いがするらしい。それは行間から蒸気と熱がたちのぼってくる、あまりにも鮮烈な小説だった。

ヴィンロン、サディック、ショロン。十代も半ばを過ぎた頃、本を読んだわたしは、そこに綴られた聞き慣れない土地の名を反芻して、まだ見ぬ異国におもいを馳せたものだ。かつてサイゴンと呼ばれた場所は、ハチミツ色の陽光に包まれた、きっと宝石みたいな街なのだろう。「愛人(ラマン)」はすてきな小説だから、ずっとそんなふうにおもっていた。確かにそのころはそうだったのかもしれない。デュラスが少女期をおくったのは、一世紀ちかくも昔の、1920年代のことだもの。それから幾星霜を経て、あの物憂げな少女はいつしか作家となり、サイゴンでの過酷な生活と、美貌の華僑との情交を記した件の物語は、世界各国で数多売れ、後に映画化までされた。その作家はしかし、もういない。あれからほぼ一世紀が過ぎて、デュラスもすでに亡くなっている。

ホーチミンから西へ160キロほどはなれた三角州には、南シナ海へそそぐ、キャラメル色の川がながれている。そのような色をしていても、実は蛍が住めるほど、その水はきれいなのだそうだ。濁ってはいるけれど、あれはただ、とても細やかな紅土が、底に沈まず水に舞っているだけだという。そういわれてみれば、水面にゆれる陽の光も、絹糸のようにかがやいている。触り心地もきっとなめらかにちがいない。メコンデルタを訪れたのは、ホーチミンに着いた翌日だった。安宿の集まるデタム通りから、広大な三角州の玄関口まで、ツアー会社のバスで約2時間。市街地をはなれ、やがて田園地帯へはいっていくと、一面を覆っていた、灰色の靄も徐々に晴れてくる。そして延々とつづく、水田の緑の果てに、やっと南国らしい、あかるく澄んだ青空が顔を出す。

家や倉庫や商店が浮かぶ、巨大な国際河川をすべるように、船はすいすい遡っていく。川の住人は過去、南べトナム政府軍に属していた人とその家族。かれらは戦後、生活するための土地さえもらえなかった。暮らしはまずしく、水辺から這い上がるのは容易ではない。水上都市をながめながらのクルーズは10分ほど。上陸した中州では、ココナツキャンディ工場を見学、作業場のテーブルで、ハチミツ酒や果物をいただく。ジャックフルーツのガムに似た食感とつよい芳香、ねっとりとした甘みが舌にめずらしく、慎重に味わった。それから手漕ぎボートに乗り換え、熱帯の樹木が生い茂るジャングルをゆっくりとすすむ。「地獄の黙示録」みたいだ。マングローブの林で少年が泳いでいる。毛細血管のようにひろがる無数の水路も、地元の子には遊び場のようだ。

道すがら、港のそばのヴィンチャン寺へも寄り道した。ここはべトナム戦争時に僧侶が抗議の焼身自殺をした場所だ。もともとは植民地時代より以前に建てられたもので、フランスの統治から20年後の1907年に改装されている。そのせいか、カラフルなペンキを纏う宮殿のごとき本殿は、さまざまな国の文化が入り乱れた、いまだかつてみたことのない、ふしぎな建築様式で作られている。西欧のイスラム建築みたいな天井や回廊。窓を彩る中華風の透かし模様や、円柱を這う龍の彫りもの、屋根を飾る陶器の獅子舞、壁に貼られたアラビアンモスクっぽいモザイクタイル。ブーゲンビリアが咲き誇る中庭には、溶岩石の山を背景に太鼓橋やパゴタ、セメントの仏像がならぶ盆景が置かれている。なにより目を引くのは、うつくしい庭園に鎮座する、黄金の観音と恵比寿像。

ところで、わたしが今回ホーチミンを訪れた最大の目的は、市の郊外にある仏教テーマパーク「スィティエン公園」だった。「奇界遺産」の表紙にもなった、ド派手で面妖な遊園地。市の中心部から離れてしばらく経つと、のどかな田園地帯にそびえる、ヒゲの老人(べトナムの初代国王だそうな)の巨大な顔がみえてくる。岩山なのかハリボテなのかわからない、キッチュな質感。一目みたときからわたしはそれの虜になった。こんなに奇妙奇天烈な娯楽施設は他にないだろう。なかにあるものすべてが等しく常軌を逸している。園内を彷徨っていると、極彩色の悪夢に迷い込んだかのようだ。敷地面積は105ヘクタール。つまり、東京ドーム23個分の狂気。
francesco3.hatenablog.com
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ことりっぷ 海外版 ホーチミン (観光 旅行 ガイドブック)

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ホーチミン (タビトモ)

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