スイーツ&デストロイ

旅行記と備忘録

「クレイジー・ラブ 〜ストーカーに愛された女の復讐〜」

 「事実は小説より奇なり」とはいえ、これはちょっと奇をてらい過ぎている。どこの世界にストーカー、しかも人を雇って元恋人の顔に硫酸をかけさせるような男と結婚する女がいるだろうか。しかし、リンダはそうした。俄には信じられない話しだが、置かれた状況を考えると、そうせざるをえなかったのだとおもう。なぜなら彼女は21歳にして目を焼かれ、視力をほとんど(やがて完全に)失い、身寄りもなく孤独だった。献身的に看病してくれた婚約者は退院直後に去っていき、しばらくして出来た年下の恋人も素顔を見せると逃げていく。それでも一時はヨーロッパを旅したり、旅先でデートを重ねたり、ストーカーに わずらわされない、ひさしぶりの自由を謳歌する。人の世話にはなりたくないと、帰国後は仕事を見つけ、アパートも借りて自活した。けれどあれから14 年。バンドがその名を冠した歌を作るほど魅力的で、誰もが振り返るクラシカルな美貌を持つリンダも既に30代半ば。美しさはあいかわらずだが、視力はどんどん衰えていき、ひとりでは生活もままならない状態だ。未来ある若者で、ハンサムかつ誠実な婚約者もいて、幸せの絶頂だった事件前とはもうなにもかもが違う。友だちはみんな結婚してしまい、かなり弱気にもなっていた。先のことを考えたら不安で仕方なかった。いよいよ追いつめられ、行き場 のなくなったリンダ。そんな彼女につけ込む形で、出所したストーカーはぬけぬけとプロポーズする。14年前、彼女に一目惚れしたこの男は、そしてとうとう望みを叶えるのだ。

 全米を騒がせる奇妙なカップルとなったバートとリンダは「ストーカー」という言葉がまだポピュラーでなかったころに出会う。ふたりが住む東海岸で、当時この事件を知らぬ者はいなかったらしい。容貌は冴えないものの、有能な弁護士で、経済的にも恵まれ、華やかな生活を送るバート。エリザベス・テイラーを おもわせる古典的な美人で、若さ溢れる21歳のリンダ。一方の熱烈なアタックでスタートしたこの関係は、バートが実は既婚(!)だったこともあり、やがて 破綻するのだけれど、リンダの不幸がはじまるのはむしろここからだ。あきらめきれないバートは付きまといと嫌がらせを繰り返し、別の男と婚約したと知るや、自分のものにならないならとチンピラに金を渡してアシッドアタックを仕掛ける。リンダは光を奪われ、果てになにもかもを失う。「クレイジー・ラブ ~ストーカーに愛された女の復讐~」は、バート・プガチという悪魔に人生を破壊された女性の物語であり、50年代から現代へと続くアメリカの怪談だ。副題に「女の復讐」なんて文句を入れて、責任の所在を曖昧にしようとしているが(なんのためだろうか?)一連の犯行は生涯に渡って獲物をコントロールするために仕掛けられた恐るべきヘイトクライムである。その被害者を社会は救わなかった、それどころか積極的に見捨てた、というのが事の顛末だ。

 アジアの一部地域やアフリカでは現在も、女を隷属させるための手段として、アシッドアタックが行われている。狙われるのは貧しく、なんの後ろ盾もない女性たち。リンダと同様、社会にも家族にも守ってもらえない人々だ。酸をかけるのが夫や恋人なのだから逃げ場はない。そうしてひとりぼっちになったリンダは、自分の目を潰した男と人生を共にするしかなくなった。その隷属を復讐と表現する悪意にはくらくらする(このドキュメンタリーは「松嶋×町山 未公開映画を観るTV」で放映されたもので、副題はおそらく番組製作者がつけたのだとおもう)

ヒラリー・スワンク『ストーカー』 [DVD]

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ストーカー (ハヤカワ文庫 SF 504)

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桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

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ストーカーの心理―治療と問題の解決に向けて

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弁護士に聞きたい!  ストーカー・DVの問題Q&A【第2版】 (暮らしの法律問題シリーズ)

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人はなぜストーカーになるのか (文春文庫PLUS)

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