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スイーツ&デストロイ

旅行記と備忘録

北海道 札幌/小樽

北海道(札幌/小樽) 旅行 国内旅行 観光

魚真の魚真握り

札幌場外市場食堂「おふくろ」のうに丼(小)

札幌場外市場、マルカ卸売センター内「魚河岸ひかり寿司」の特選握り

モエレ沼公園「ガラスのピラミッド」内部のイサム・ノグチギャラリー

モエレ沼公園「ガラスのピラミッド」内部

モエレ沼公園「ガラスのピラミッド」外観

プレイマウンテンから撮影した「モエレ山」

モエレ沼公園「海の噴水」遠景

モエレ沼公園東口にかかる橋

モエレビーチ隣の広場に置かれたオブジェ

札幌JRタワー展望室から望むさっぽろテレビ塔

札幌JRタワー展望室からみた札幌中心部

繁華街すすきのの中心部

小樽水族館の熱帯魚の水槽①

小樽水族館の熱帯魚の水槽②

小樽水族館のアシカショー

小樽水族館のイルカショー

手宮線跡地の遊歩道

 すごく中途半端な時期に北海道へいった。街中の雪は溶けてなくなっているけれど、桜にはまだはやく、暖かい日も寒い日もあって、冬服と春服どちらを持っていけばいいのか迷う季節だ。旭山動物園はちょうど冬期と夏期の間で休園中、モエレ沼公園の噴水ショーも休止中だった。動物園が休みなので公園の方へ赴いたのだが、園内の人工ビーチこの時期は水が抜いてあり、自転車の貸し出しもしていない。観光客もほとんどいない。しかたなくその広大な敷地を徒歩でまわっていたら、その日は万歩計のカウントが3万近くにもなった。イサム・ノグチが設計したそれは札幌市郊外の都市公園で、そこへ向かう途中の土手では、蕗やつくしが顔を出している。園内には桜の森があるのだけれど、開花まではもうしばらくあって、今の季節はすこしさびしい感じだ。

 LCCがセールをやっていたから勢いでチケットを取ったのだが、もう少し時期を選べばよかったかもしれない。公園はただただひろく閑散としていて、顔に当たる風は冷たく、ガラスのピラミッドの内部だけがやたら蒸し暑かったのをよく覚えている。でも、ごはんはとてもおいしくて、わたしの場合それだけで旅はもう満足なので、北海道はその点充分過ぎるほどだ。とくにどんぶり横丁で食べたうに丼は絶品だった。うにがつやつや光り輝いていて、口に入れると甘くて濃厚で、ああ生きててよかったという感じ。場外市場のお寿司やさんも好きなネタを1種類ずつ10貫選べて2800円と廉価で味も悪くない。すすきのの居酒屋「参譲倶楽部」もよかった。北海道産の食材を使った料理を出すごくふつうの居酒屋なのだけれど、なにを食べても飲んでもおいしい。

 到着まもなく空港で食べたジンギスカンもおいしかった。ひとりで肉と野菜をもりもり食べた。腹ごしらえを済ませ、宿へ荷物を預けてガイドブックを片手に札幌を歩く。ホテルがすすきのだったので、そこを起点にとりあえず札幌駅を目指す。大通りをまっすぐいけばそのまま駅へ辿りつけるらしい。適当にふらふらしていたらさっぽろテレビ塔があった。20分ほどで駅へ着き、まず直結しているJRタワーの展望室へ上った。展望室は160メートルの高さにあり、360度のパノラマビューで札幌の街を眺望できる。展望室から眺める札幌は大都会で、梅田とかとあまり変わらないなと思う。ところで、すすきのの宿は一泊3000円もしないくらいの安いビジネスホテルだったのだが、部屋は狭いものの清潔で大浴場があって朝食ビッフェもそこそこでよかった。

 2泊3日の旅行だったので、二日目は札幌からバスで小樽へ向かう。その日は午後から雨で、朝は春の陽気だったのに、空模様が変わると急に寒くなった。運河周辺を散策していたら、ベネチア美術館で「ガラスの昆虫展」をやっていて、興味を引かれてなかを覗いてみると、それはそれは精巧につくられた、蝶や蜻蛉やカミキリムシやカブトムシが展示されていて驚く。すべてベネチアのランプワーク作家、ヴィットリオ・コスタンティーニの作品だという。甲虫のつややかな鞘翅や蜻蛉のメタリックなからだ、透明な翅、鮮やかな蝶の鱗粉が、ガラスの光沢を使ってよく表現されている。うつくしく繊細なガラス細工に思わず息を飲む。作家はランプワークの巨匠で、虫だけでなく鳥や魚のガラス細工も制作しているらしい。それもいつか観てみたいと思った。

 それから街外れの水族館へ赴いたのだけれど、バスを降りると一帯は荒れた印象で、建物も一見廃墟のようだ。それは海を望む崖のうえにあり、ちいさな遊園地を併設しているのだが、遊具は錆びつきペンキもほとんど剥げている。でも、館内はなかなかみごたえがあり、そのときは深海魚の特別展示をやっていて、イサゴビクニンやボウズイカ、サラサベッコウタマガイなどが展示され、入り口にはリュウグウノツカイの剥製も飾られていた。カワウソの水槽は空中と水中のトンネルに繋がっていて、その細長い肢体をしたから眺めたり、狭い筒を器用にすり抜ける様子が観察できる。また、北海道沿岸に生息する小型の鯨類、ネズミイルカの飼育は世界的にも珍しいという。とくに複数での展示は日本で唯一だそうだ。わたしもこの種ははじめて観た。

 他にも国内最大の淡水魚(イトウ)や世界最大のカレイ(オヒョウ)世界最大のタコ(ミズダコ)などが展示されていて、イルカやアシカ、アザラシやトドのショーもあり、そのうえわたしがこの世でいちばんすきな魚、フウセンウオの繁殖も行っている。フウセンウオは日本海北部やオホーツクなどの冷たい海に棲む深海魚だ。全体的にまんまるで目がつぶら、お腹に大きな吸盤がついている。強力な吸盤で岩や貝殻や水槽にぺたりとくっつく様がほんとうに愛らしい。泳ぎはあまり得意でなく、たいていぽけっとした顔でなにかにはりつき、じいっとしているのだが、たまに背びれやむなびれを細かくふるわせ、ふわわふと水中を漂う。体色は淡い黄やピンクやオレンジで、体長は6センチほどしかない。超かわいい。半日いても全然あきなかった。

るるぶ札幌 小樽 富良野 旭山動物園'16 (国内シリーズ)

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るるぶ冬の北海道'16 (国内シリーズ)

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小樽昭和ノスタルジー―我が青春の街角へ

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北の商都「小樽」の近代: ある都市の伝記

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小樽さんぽ2

小樽さんぽ2

小樽さんぽ

小樽さんぽ

ロイズ 生チョコレート 抹茶

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インドネシア ギリ・トラワンガン島

インドネシア(バリ島/ギリ・トラワンガン島) 旅行 海外旅行 アジア

ギリ諸島(ギリ・メノ、ギリ・アイル、ギリ・トラワンガン)でいちばんおおきな島、ギリ・トラワンガン島

海岸近くの野原でじゃれあう(あるいは牽制しあう?)2匹の野良猫

港周辺の雑貨店やインターネットカフェ

廃屋(?)に置かれたテーブルサッカー

住人の足である馬車(島に車はない)


海岸沿いに並べられたテーブルと椅子は近隣のリゾートホテルのもの

宿泊したギリTリゾートホテルのプール

島を縁取る白い砂浜と青い珊瑚礁

青い海に浮かぶボート

海岸線でみたピンクと紫の夕焼け

船のチケットを買ったのはその日の午前だった。朝食のナシゴレンをたべたあと、ホテルから徒歩1分の発券所へ赴き、スピードボートの乗船券を購入する。港までの送迎料込みで某社が催行する日帰りツアー代金の約三分の一。これだと日帰りはできないが、翌日の昼過ぎにウブドへもどれるらしい。深夜便で帰国するため、それ以上の滞在はむりだけれど、夕方までにかえれるのなら、むしろ1泊したほうがいいかもしれなかった。目的地はギリ・メノ。ロンボク島の北西部沖、わずか数キロの地点に浮かぶギリ3島(ギリ・トラワンガン、ギリ・メノ、ギリ・アイル)のうちのひとつで、どの島も徒歩で一周できるほどの面積だが、そのなかでもいちばんちいさくしずかで素朴な場所だという。そこを訪れた青年Sの旅行記をよんで、離島好きのわたしは訪問を決めた。

行き先を告げられぐぐってみた夫によれば「高床式住居みたいなホテルしかない」島だとのこと。1泊15ドルも出せばそこそこの宿でやすめると、発券所のおじさんがいっていたけれど、それがその高床式住居なのかどうかはわからない。電気は通っているものの、つかえる時間はかぎられていて、毎夜10時になると島は停電してしまう。ちなみに「ギリ」とはロンボク島の先住民ササック族の言葉で「小島」人口は3島あわせても4000人だそうだ。とにかくほぼ単語のみでじぶんの意志をつたえ、それがギリ・メノまでのチケットであることをしつこく確認し、券を手にいれた。相手の言葉は半分以上ききとれなかった……。ともあれ、早朝ドライバーが迎えにくるので、その車にのりパダンパイの港までいき、そこからスピードボートでギリ・メノへむかう。

しかし翌日、わたしはそこへたどりつけなかった。朝の8時にパダンパイをでた船は約2時間後、ロンボク島のバンサル港へつき、まもなくギリ・トラワンガン島をめざし、30分後、島のパブリックポートへ入港する。だが、その先をめざす客は皆、そこで足止めをくらってしまう。夕方にならないと、ギリ・メノにいくパブリックボートがでないというのだ。それまで待てないのなら船をチャーターしなければならないらしい。でも、提示されたチャーター代は法外な金額だ。目的地はこの島の対岸、およいでもいけそうな距離に浮かんでいる。周囲のうつくしい海をみて、ここへきてよかったとこころからおもう。船旅も心地よかった。海はおだやかで波はほとんどなく船はすべるように水上をすすんでいく。いつのまにかねむりにおち、めざめたらもうそこは島。

船酔いしやすいわたしにとっては奇跡のような航海だった。なのに、終点まであとわずかというところで、行く手を阻まれるなんて……。しかたなく、わたしはここで宿を探すことにする。はやく身軽になって、海へ入りたかった。とびこみでいくつかホテルをまわり、部屋をみせてもらって、そこそこ気に入ったら宿代の交渉をする。しかし、なかなか折り合いがつかず、小一時間ほどさまよったあげく、最初にたずねたギリ・T・リゾートへ結局はもどってきた。そこで横浜生まれの日中ハーフKさんとしりあう。Kさんはバリニーズと結婚してバリ島で暮らす日本人。イースター休暇の2週間をこのホテルですごすつもりだという。ここは夫婦が出会った、思い出の島なのだそうだ。Kさんが交渉してくれたおかげで、宿代は30万ルピア(通常は45万ルピア)になった。

島には見事なドロップオフがある。それはパブリックポートの西、数十メートルにもわたりひろがっている。先端の珊瑚礁にはスズメダイクマノミオヤビッチャミノカサゴ、ウメイロモドキ、ナンヨウハギチョウチョウウオ、リーフスティングレイ、てまえの砂地には銀色にひかる小魚の大群が舞い、斜面より沖へでれば、ギンガメアジやバラクーダの群れ、サメやタイマイにであう。透明度はそれほどでもないけれど、岸から20メートルで崖にたどりつけるのがうれしい。しばしのあいだ海遊びにふけり、そのうちシュノーケリングにも飽きて、浅瀬でやすんでいると、地元の少年が近づいてきた。みせたいものがあるというので、手をひかれるままついていくと、木でつくられたドームに珊瑚がたくさんくくりつけられている。まるで海中の秘密基地みたいだ。

それは珊瑚の養殖場だった。破壊された観光資源をとりもどすため、このような処置がとられているらしい。このへんではむかし、爆弾漁がさかんだったのだそうだ。それから岸まで競争をして、海岸でその子と別れた。日没まえになったら島の西へいこう、夕日がとてもきれいだからと、去り際にかれはいう。夕飯をたべおえてそとにでたら、ホテルのそばのちいさな商店の店先に、さきほどの少年がいる。黄色い土をふみながら西の先端までたどりつくと、そこは展望場になっていた。やがて空が紫とピンクに染まっていく。その夜みじかい停電があり、おそらくほんの数分だろうが、経験したことのない未知の闇に放り出されて、とてもこわかった。
francesco3.hatenablog.com
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D26 地球の歩き方 バリ島 2015~2016

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バリの賢者からの教え (二見レインボー文庫)

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るるぶバリ島’16 (るるぶ情報版海外)

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まっぷる バリ島 '16 (マップルマガジン | 旅行 ガイドブック)

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バリの賢者からの教え (二見レインボー文庫)

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スピリット・オブ・ヒーリング~バリ

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べトナム ホーチミン(スィティエン公園/サイゴン動植物園)メコンデルタ

べトナム(ホーチミン/ハノイ) アジア 旅行 海外旅行

スィティエン公園のシンボルである、初代国王の顔が掘られた巨大な岩山

スィティエン公園に燦然と輝く、黄金の千手観音像

スィティエン公園のパレード①

スィティエン公園のパレード②

スィティエン公園内の寺院

スィティエン公園のワニ園(生肉をつけた釣り竿でワニ釣りができる)

サイゴン動植物園のカバ

サイゴン動植物園で柵の向こうのヤギに餌をやる子ども

メコンデルタ

メコンデルタ

ながらくのあいだ、わたしにとってホーチミンサイゴンとは「18歳でわたしは年老いた」という冒頭の一節が印象的な、マルグリット・デュラスの自伝的小説「愛人(ラマン)」の舞台としての場所だった。べトナム、ラオスカンボジアが仏領インドシナとされていた、南北分断より以前の時代を背景に、フランス人少女と中国人青年の性愛をえがく、かなしくてうつくしい物語だ。そこは季節のよみがえりがない、東南アジアのほそながい熱帯で、いつも、おなじひとつの、暑い、単調な気候だという。街はシロップを焦がした匂いや、南京豆を炒った匂い、中国風スープや焼肉、さまざまな薬草やジャスミン茶、埃や香料や木炭のそれが入り交じり、僻地の村々の匂いがするらしい。それは行間から蒸気と熱がたちのぼってくる、あまりにも鮮烈な小説だった。

ヴィンロン、サディック、ショロン。十代も半ばを過ぎた頃、本を読んだわたしは、そこに綴られた聞き慣れない土地の名を反芻して、まだ見ぬ異国におもいを馳せたものだ。かつてサイゴンと呼ばれた場所は、ハチミツ色の陽光に包まれた、きっと宝石みたいな街なのだろう。「愛人(ラマン)」はすてきな小説だから、ずっとそんなふうにおもっていた。確かにそのころはそうだったのかもしれない。デュラスが少女期をおくったのは、一世紀ちかくも昔の、1920年代のことだもの。それから幾星霜を経て、あの物憂げな少女はいつしか作家となり、サイゴンでの過酷な生活と、美貌の華僑との情交を記した件の物語は、世界各国で数多売れ、後に映画化までされた。その作家はしかし、もういない。あれからほぼ一世紀が過ぎて、デュラスもすでに亡くなっている。

ホーチミンから西へ160キロほどはなれた三角州には、南シナ海へそそぐ、キャラメル色の川がながれている。そのような色をしていても、実は蛍が住めるほど、その水はきれいなのだそうだ。濁ってはいるけれど、あれはただ、とても細やかな紅土が、底に沈まず水に舞っているだけだという。そういわれてみれば、水面にゆれる陽の光も、絹糸のようにかがやいている。触り心地もきっとなめらかにちがいない。メコンデルタを訪れたのは、ホーチミンに着いた翌日だった。安宿の集まるデタム通りから、広大な三角州の玄関口まで、ツアー会社のバスで約2時間。市街地をはなれ、やがて田園地帯へはいっていくと、一面を覆っていた、灰色の靄も徐々に晴れてくる。そして延々とつづく、水田の緑の果てに、やっと南国らしい、あかるく澄んだ青空が顔を出す。

家や倉庫や商店が浮かぶ、巨大な国際河川をすべるように、船はすいすい遡っていく。川の住人は過去、南べトナム政府軍に属していた人とその家族。かれらは戦後、生活するための土地さえもらえなかった。暮らしはまずしく、水辺から這い上がるのは容易ではない。水上都市をながめながらのクルーズは10分ほど。上陸した中州では、ココナツキャンディ工場を見学、作業場のテーブルで、ハチミツ酒や果物をいただく。ジャックフルーツのガムに似た食感とつよい芳香、ねっとりとした甘みが舌にめずらしく、慎重に味わった。それから手漕ぎボートに乗り換え、熱帯の樹木が生い茂るジャングルをゆっくりとすすむ。「地獄の黙示録」みたいだ。マングローブの林で少年が泳いでいる。毛細血管のようにひろがる無数の水路も、地元の子には遊び場のようだ。

道すがら、港のそばのヴィンチャン寺へも寄り道した。ここはべトナム戦争時に僧侶が抗議の焼身自殺をした場所だ。もともとは植民地時代より以前に建てられたもので、フランスの統治から20年後の1907年に改装されている。そのせいか、カラフルなペンキを纏う宮殿のごとき本殿は、さまざまな国の文化が入り乱れた、いまだかつてみたことのない、ふしぎな建築様式で作られている。西欧のイスラム建築みたいな天井や回廊。窓を彩る中華風の透かし模様や、円柱を這う龍の彫りもの、屋根を飾る陶器の獅子舞、壁に貼られたアラビアンモスクっぽいモザイクタイル。ブーゲンビリアが咲き誇る中庭には、溶岩石の山を背景に太鼓橋やパゴタ、セメントの仏像がならぶ盆景が置かれている。なにより目を引くのは、うつくしい庭園に鎮座する、黄金の観音と恵比寿像。

ところで、わたしが今回ホーチミンを訪れた最大の目的は、市の郊外にある仏教テーマパーク「スィティエン公園」だった。「奇界遺産」の表紙にもなった、ド派手で面妖な遊園地。市の中心部から離れてしばらく経つと、のどかな田園地帯にそびえる、ヒゲの老人(べトナムの初代国王だそうな)の巨大な顔がみえてくる。岩山なのかハリボテなのかわからない、キッチュな質感。一目みたときからわたしはそれの虜になった。こんなに奇妙奇天烈な娯楽施設は他にないだろう。なかにあるものすべてが等しく常軌を逸している。園内を彷徨っていると、極彩色の悪夢に迷い込んだかのようだ。敷地面積は105ヘクタール。つまり、東京ドーム23個分の狂気。
francesco3.hatenablog.com
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ことりっぷ 海外版 ホーチミン (観光 旅行 ガイドブック)

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ホーチミン (タビトモ)

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ホーチミン (ララチッタ)

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ホー・チ・ミン伝 上 (岩波新書 青版 898)

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物語 ヴェトナムの歴史―一億人国家のダイナミズム (中公新書)

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べトナム ホーチミン(ベンタイン市場/聖マリア大聖堂/統一会堂/ホテルマジェスティック)

べトナム(ホーチミン/ハノイ) アジア 旅行 海外旅行

ルネッサンス・リバーサイドホテル・サイゴンの屋上から望むホーチミンの夜景①

ルネッサンス・リバーサイドホテル・サイゴンの屋上から望むホーチミンの夜景②

シャンデリアがうつくしい、ホテル・マジェスティックのロビー

市内最大の屋内マーケット、ベンタイン市場

市内最大の屋内マーケット、ベンタイン市場

ルネッサンス・リバーサイドホテル・サイゴンの朝食ビッフェ①

ルネッサンス・リバーサイドホテル・サイゴンの朝食ビッフェ②

聖マリア大聖堂(サイゴン大教会

統一会堂(トンニャット宮殿)

ホーチミン市

空港をでれば、そこはもう市街地だ。めだつのはなぜか韓国系企業の看板で、街のあちこちにハングルが踊っている。このような立地に空港があるのもめずらしい。サイゴン川沿いの宿泊先までは、空港から30分もかからなかった。ホテルに荷物を置き、さっそく通りへでると、しかし、空気がひどく澱んでいる。道路を行き交うバイクの数は凶暴で、それが吐き出す排気ガスもまた凶悪だ。おもく沈みこむ灰色の粒子が、都市全体を覆っている。これでは気管支をやられてしまう。急いでマスクをつけたものの、10分もしないうちに咽喉を焼かれた。ひりひりする痛みが喉の奥にアメーバみたいにへばりついている。食道にタールを塗られたような不快感だ。しばらくするとそれは目にも沁みてくる。サングラスは気休めにしかならないし、マスクもあまり意味がない。

とにかく空気が悪過ぎて、歩いているだけで気管支炎になりそうだ。そのうえこの街には信号がなく、歩行者優先などという交通ルールもない。ならばどうするのかというと、疾走するバッファローの群れのような、猛々しいバイクの波に、現地の人は皆、悠然と突っ込んでいく。とんでもないところにきてしまった……旅は始まったばかりだけれど、わたしはすでに涙目だった。気持ち的にも物理的にもだ。べトナムは想像以上に発展途上で、舗道はところどころ欠けていたし、そこかしこに瓦礫がちらばっていた。ビルの合間をぬってちいさなスラムが形成され、それが街のいたるところに点在している。大通りから離れたら途端に第三世界の臭いがして、シンガポールのウェットマーケットをおもいだしたが、しかし、あのときにみたいにうきうきもわくわくもしない。

交通の秩序がそこそこ保たれた国から来た者にとって、そこはほとんど戦場だった。ねずみ色の空を見上げながら、臭くて埃っぽい街を歩く。するとほどなくして、レストランや雑貨店、土産物屋や仕立て屋がたちならぶ、賑やかで華やかな通りがみえてくる。ドンコイストリートだ。わたしはまず目当ての仕立て屋へ向かう。そして、店の棚から白のシルクと黒のストレッチコットンを選ぶ。こちらは仕立て代が安いので、いくつかあつらえてもらうつもりだった。シャツとジャケットのオーダーを済ませたら、東京にもあるフォーレストランのチェーン店「フォー24」へ。たまたま通りすがったので入っただけだが、化学調味料がビシバシ効いていておいしい。これぞ東南アジアの味だ。食事を終えたら地図を片手にふたた街へでて、ティーサック通りをめざす。

カトリーヌドヌーアルメゾンはすこしさびれた裏通りにぽつんと建っている。街並とそぐわない白い瀟酒な建物で、内装もシンプルでうつくしい。わたしはここで、銀ともラベンダーとも灰色ともつかない、ふしぎな色彩の絹を買った。べトナムの物価をかんがえると、しんじられない値段だけれど、生地は最高級のものしか使わないそうで、なるほど肌触りがすばらしい。なんともいえないその色合いも上品で、光沢は控えめだが、うすく銀粉をちらしたように、全体がきらきらと光っている。真珠色の糸で施された、繊細な羽の刺繍も素敵だし完璧だ。買いものに満足して店を出ると、すでに日は落ちている。中心部にもどれば、ライトアップされたバロック様式の市民劇場や、植民地時代に作られた、コロニアル調の建築物が、闇に浮かびあがってとてもきれいだ。

ドンコイ通りは深夜まであかるい。夜には尚更あやしくみえる、マスクにサングラスという風貌で、わたしはそれでも散策を続ける。ホテルマジェスティックのステンドグラスやシャンデリアを眺めたり、電飾に彩られた遊覧船やレストラン船が浮かぶ、サイゴン川沿いを散歩したり、店頭に「モナ・リザ」や「ひまわり」が飾られた、裏道の贋作屋をのぞく。夕食はべトナムハウスで揚げ春巻きと青パパイヤのサラダ、スイカジュース。ホテルへ帰ってからは、夜景が望める屋上のプールでしばし泳いだ。眼下にひろがる原色のネオンが目映い。翌日はパリコミューンと呼ばれる広場や、その一画にそびえる、ネオ・ゴシック様式の教会「聖マリア大聖堂(サイゴン大教会)」旧大統領官邸である白亜の宮殿「統一会堂」市最大の屋内マーケット、ベンタイン市場を巡る。

ホーチミンはまだ植民地時代の面影を多くのこしている。サイゴン動植物園に隣接する歴史博物館もまた、あの時代に作られたものだそうだ。フレンチ・コロニアル風の中央郵便局は、ピンクの外壁と緑の窓枠がかわいらしい。熱を孕んだ巨大な風船におしつぶされるような感覚を味わいながら、数日かけてわたしは街を観光する。道路を埋め尽くす、あのバイクの群れにも、すこしずつ慣れていった。親切な現地の人々に手をひかれ、みちびかれながらではあるけれど、おびただしい数のバイクをよけながら、道を横断する術をなんとかおぼえたのだ。
francesco3.hatenablog.com
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旅の指さし会話帳11ベトナム[第二版] (ここ以外のどこかへ!―アジア)

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旅するホイアン・ダナン案内+さくっとホーチミン

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ベトナムの風に吹かれて (角川文庫)

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トラベルデイズ ベトナム (観光 旅行 ガイドブック)

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動くものはすべて殺せ――アメリカ兵はベトナムで何をしたか

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グッドモーニング,ベトナム [DVD]

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青いパパイヤの香り (字幕版)

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モナコ公国 宮殿・政府地区/モンテカルロ アンドラ公国 アンドラ・ラ・ベリャ

南欧(バルセロナ/モンセラート/カルカッソンヌ/アヴィニヨン/エクス・アン・プロヴァンス/アルル/エズ/ニース /アンドラ/モナコ) モナコ(市街区/モンテカルロ) アンドラ (アンドラ・ラ・ベリャ) ヨーロッパ 旅行 海外旅行

港とその周辺がモナコ、そのうえの高層ビル群はフランス、山の方はイタリアの領土

土産物屋やカフェの立ち並ぶ大公宮殿周辺の狭い路地

グレース・ケリーとレーニエ大公も結婚式を挙げたモナコ大聖堂(グレース・ケリーの墓もある)

蒸した深海魚っぽい白身魚のトマトソースかけ

アンドラの首都アンドラ・ラ・ベリャのメインストリート①

アンドラの首都アンドラ・ラ・ベリャのメインストリート②

アンドラの首都アンドラ・ラ・ベリャの一画

ヤギのチーズとトーストをのせたグリーンサラダ

 モナコは想像以上に熱海だった。海に迫る低い山地に囲まれた港、すり鉢状の地形に林立する高層ビル、海岸沿いを走る幹線道路。これまで、丘陵の裾野にひろがる港町はもちろんのこと、そこが地理的にどれほどそれとかけ離れていようと、海辺のリゾート地へいくたび、まるで熱海だと感想を述べてきた。しかし、モナコ以上に熱海をおもいおこさせる場所はない。だからなんだってはなしだが。コート・ダジュールに面した都市国家であるモナコは、世界で2番目にちいさな国だ。面積でいえば熱海市よりはるかにせまい。国土をくまなくあるきまわっても、たぶん半日はかからないだろう。夜通しカジノで遊んだり、モナコグランプリを観戦するのでない限り、数時間あれば観光には充分だ。南仏を訪れたらついでに立ち寄るくらいでちょうどいい場所だとおもう。

 地中海を望むエズ村から海岸線を目指して山を降りていくと、山道はやがて港へのなだらかな傾斜へとつながる。フランスとの国境に検問所はなく、出入国の確認は警察官の目視のみと、一見とてもゆるい。しかし、その実、都市のいたるところに監視カメラが設置されている。冬でも日本よりは幾分か温暖で、眼前に真っ青な海がひろがるこの国。街は安全で清潔で、うつくしく整えられている。そのうえタックス・ヘイヴンなので、住人は所得税も課せられない。観光地としてはすこし物足りないけれど、高額所得者が暮らすにはきっとよいところなのだろう。ちなみにここの国籍さえあれば、セキュリティの万全な高級アパートメントが安価で借りられるし、住居手当、就業斡旋、商業補助など至れり尽くせりの保護を受けられ、それだけで一生安泰だという。

 うまれる国を間違えた。豊かな国の手厚い福祉を知るほどに、半ば本気でそうおもう。今回バルセロナまではカタール航空のエアバスでやってきたのだが、その本拠地であるカタールの人々は、基本的に働かないらしい。働くのは近隣諸国から出稼ぎにやってきた外国人。かれらの保証人になることで、カタール人は収入を得るそうだ。この国もまた所得税を課せられず、医療費、電気代、電話代がただ、大学を卒業すれば10年後には土地も無料で与えられるという。さすが世界でいちばん裕福な国。ボルネオ島の端にある小国ブルネイもまた、所得税や住民税がなく、公共料金、医療費(外国で高額医療を受ける場合も含む)教育費共にただ、海外への留学も国が学費と生活費を補助してくれるとか。羨んでも仕方がないとはいえ、日本人にとっては夢のような話しだ。

 せめて医療費と教育費だけでも国が負担してくれたらとおもう。経済の安定したモナコと違い、スペインはいま財政破綻寸前で、若者の失業率も60%を超えているけれど、それでもまだなんとなくのんびりしているのは、社会保障が厚いからだ。仕事がなくてもなんとか生きていけるので、かれらはそんなに焦っていないのだという。スペインは出生地主義だから、国内で生まれた赤ん坊は、親が外国人でも自動的に国籍を取得できる。国籍があれば前述したように、手厚い社会保障を受けられる。そのため命からがらスペインに渡ってくる移民や難民は後を絶たない。かれらは中南米諸国のスペイン語圏からやってきて、渡航に成功すると子どもをたくさん産む。そうして我が子がめでたくスペイン人となれば、たとえ不法移民であっても、その親も保障の対象となるのだ。

 さて、モナコ観光だが、海を見下ろす崖の地下に掘られた、深くて巨大な駐車場からエレベーターで地上へ出ると、海にまつわるさまざまな装飾が施された、白亜の建物が現れる。これは海洋学者でもあったアルベール一世が発案したもので、世界最古の水族館ともいわれている。外観も内装も凝っていて、入り口の鉄の扉は蛸やスズメダイを模したレリーフで飾られ、館内へ入れば階段の手すりに巻貝が彫られ、各所にウニやヒドラのランプが置かれている。甲殻類や無脊椎動物の描かれた、天井画や床のモザイクタイルも素敵だし、珊瑚や海藻、磯巾着の配置など、水槽の見せ方がまたすばらしい。これは本物の海とそっくりに、生態系を再現したもので、世界でも類を見ない展示方法だ。分厚いアクリル板の大水槽はないけれど、小規模ながらもよい水族館だった。

 モナコと同様、アンドラもタックス・ヘイヴンの国だ。そのため週末になると、首都は隣国からの買い物客で賑わう。アンドラ・ラ・ベリャのメイン通りは、端から端まであるいてもたいした距離ではないが、道の両側にデパートやレストラン、小売店がひしめき、人通りも多く、活気のある街だ。国会や裁判所や留置所もここに置かれている。しばらく街を散策して、沿道のレストランで名物料理を食べた。マッシュポテトにニンジンやピーマン、キャベツが混ざった、付け合わせだかメインだかよくわからない代物だった。ここはスキーリゾート地としても有名で、山小屋風のホテルが軒をつらねる麓周辺では、板やボードを担ぐ人をよく見かける。

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旅名人ブックス6 モナコ公国 第5版

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モナコ グレース・ケリーと地中海の休日 (地球の歩き方GEM STONE)

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A08 地球の歩き方 南仏プロヴァンス 2015~2016

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グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札 [DVD]

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グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札(字幕版)
 

フランス カルカッソンヌ/アヴィニヨン/エクス・アン・プロヴァンス/アルル/エズ/ニース

フランス(カルカッソンヌ/アヴィニヨン/エクス・アン・プロヴァンス/アルル/エズ/ニース) 南欧(バルセロナ/モンセラート/カルカッソンヌ/アヴィニヨン/エクス・アン・プロヴァンス/アルル/エズ/ニース /アンドラ/モナコ) ヨーロッパ 旅行 海外旅行

ニースの新市街ジャン・メドサン通りに建つノートルダムバジリカ聖堂

コート・ダジュールに面する海辺の観光地ニースの新市街

クリスマスイルミネーションの残る、世界遺産アヴィニヨン歴史地区①

クリスマスイルミネーションの残る、世界遺産アヴィニヨン歴史地区②

世界遺産アヴィニヨン歴史地区の中心部にそびえる教皇宮殿

アヴィニヨン歴史地区周辺に流れるローヌ川に架かるサン・ベネゼ橋(アヴィニヨン橋)

城塞都市「シテ」周辺からみたカルカッソンヌの街並み

夜明けのカルカッソンヌ駅周辺

夜明けのカルカッソンヌ

カルカッソンヌのサン・ナゼール旧大聖堂のステンドグラス

ゴッホゴーギャンが暮らした、フランス最大のコミューン「アルル」の街

今は市民センターとして保存されているかつてのアルル市立病院内の土産物屋

ゴッホが治療を受けた「アルルの病院の中庭」(この場所もこの題で作品になっている)

ゴッホが描いた「アルルの跳ね橋」のレプリカ

コート・ダジュールを望む崖のうえにある芸術家の村「エズ」

エズ村にあるバロック様式の教会「ノートルダム・ド・ラソンプシオン」

エクス・アン・プロヴァンスでたべた牛肉の赤ワイン煮

草間彌生制作の赤地に白い水玉模様で覆われた、エクス・アン・プロヴァンスの並木道

ガルドン川に架かる水道橋「ポンデュガール」(世界遺産

ガルドン川に架かる水道橋「ポンデュガール」からみた周辺の景色

 国境を越えたら途端にパンがおいしくなったので驚いた。レストランでテーブルに置かれる、カゴに入ったなんでもないパンだ。スペインからアンドラに入り、そしてフランスに来たのだけれど、味も食感もそれまでと明らかにちがう。もちろんスペインやアンドラのパンがまずかったわけではない。どちらもふつうにおいしかった。でもフランスのバケットは今までたべたことがないすばらしい風味だった。外側は岩みたいにかたいのだが、とても香ばしく、塩加減が絶妙で噛めば噛むほど味がでる。他になにもいらないくらいにおいしい。さすがフランスのフランスパンだ。仏領タヒチニューカレドニアを訪れたとき、やはりパンがおいしくてパンばかりたべていたのだけれど、あちらのパンは柔らかかった。こんなにかたくて、でもおいしいパンというのははじめてだ。

 さて、ピレネー山脈にあるスキーリゾート、アンドラを跨いでフランスへ入国し、最初に尋ねたのはヨーロッパ最大の城塞都市「シテ」のあるカルカッソンヌ。ブドウ畑に囲まれた川沿いにあるうつくしい街だ。ライトアップされて闇に浮かびあがる夜のシテがきれいだった。城壁内のレストランで蒸した白身魚とジャガイモのスープとタマネギのパイをたべる。翌日は近郊にある水道橋ポンデュガールへ。橋の最上層に作られた、人がひとりやっと通れる幅の導水路を渡り、証明書をもらう(が、こういうのって帰国してからたいてい持て余す)その後は世界遺産の歴史地区があるアヴィニヨンへ。スイスの山塊を源に、レマン湖を経由して地中海に注ぐ、フランス四大河川のひとつ、ローヌの河岸にひろがる商業都市だ。ここでは歴史地区の中心部にあるホテルに泊まる。

 ホテルの周辺にはクリスマスのイルミネーションがまだ残っていて、夜になるとお祭りの華やかな雰囲気が漂う。電飾がちりばめられた石畳の旧市街は、深夜まで明るく賑やかで、散策が楽しい。教皇宮殿のそばの広場には、移動遊園地によくあるような、可愛らしいメリーゴーラウンドが設置されていて、屋根のネオンが夜目にまばゆかった。夕刻の教皇宮殿も薔薇色と薄紫の空に映えて神秘的だ。歴史地区の周辺にはローヌ川が流れ、そこにサン・ベネゼ橋(アヴィニヨン橋)が架かっている。この橋もまた世界遺産だ。アヴィニヨンからエクス・アン・プロヴァンスへ向かう途中ではマノスクに立ち寄り、ロクシタンの工場を見学。バスを降りたら氷霧が舞っており、それが陽光に反射してきらきら光る。誰かがそれをみて「ダイヤモンドダストだ」と叫ぶ(違います)

 エクス・アン・プロヴァンスに着くと、ミラボー通りのプラタナスが赤地に白い水玉の布で覆われていて、一目で草間彌生の作品だとわかったのだけれど、近くで展覧会でもやっているのかとおもえばそうでなく、文化イベントのインスタレーションだった。エクス・アン・プロヴァンス(とマルセイユとアルル)は今年、ヨーロッパ文化首都に選ばれたのだそうで、旧市街とその周辺は、さまざまな芸術作品の展示会場となっている。郵便局でトイレを借りたら、その中庭にもショッキングピンクの派手なオブジェが設置されていた。次に訪れたのはゴッホゴーギャンが暮らしたフランス最大のコミューン、アルル。旧市街の中央に位置するフォラン広場には、黄色と紺の配色が印象的な、ゴッホの傑作「夜のカフェテラス」のカフェが当時と変わらぬまま営業している。

 自ら耳を切り取ったとき、治療を受けたという市立病院も、市民センターとして保存されていて、そこにはやはり「アルルの病院の中庭」と寸分違わぬ風景が残っていた。アルルでは他に、世界遺産のアルル円形劇場や「アルルの跳ね橋」のレプリカが架かる郊外を巡った。次に尋ねたのはエズ。コート・ダジュールを望む崖のうえのちいさな村だ。ベージュの石畳と蔦を這わせた石造りの建物、急な傾斜の細い路地と階段で出来たエズは、狭い土地ながらギャラリーがいくつも目につく瀟酒な村。見晴らしのいい場所から眼下の海を眺めると、紺碧海岸の名にふさわしい、深い青がひろがっている。麓にはフラゴナールの工場があって、香水や石鹸の製造工程をみることができる。ここでアルガンオイルを購入して、以来愛用しているが、柑橘系のほんとうに良い香りだ。

 エズを出たあとはモナコへ赴き、最後はニースに滞在した。ここもまた散歩に最適な街だ。巨大なアポロンの像が建つマセナ広場を中心に、新旧市街地が伸びていて、北上すればニース駅につながる繁華街(新市街)南下すれば路地裏の商店街(旧市街)にたどりつく。繁華街にはホテルやショッピングセンター、高級デパートが立ち並び、商店街にはカフェやレストラン、土産物屋が軒をつらねる。また、市街地を抜けて海岸通りへ出ると「天使の入り江」と呼ばれる淡青色の湾に沿って、長い遊歩道が敷かれている。しかし、いちばん印象に残ったのは、広場に点在する謎の坐像だった。高いポールのてっぺんで赤や紫に光るそれは、外灯にしては斬新過ぎる。

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A08 地球の歩き方 南仏プロヴァンス 2015~2016

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フィガロ ヴォヤージュ Vol.18 プロヴァンスとコートダジュールへ。(南フランスの幸せヴァカンス) (FIGARO japon voyage)

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南仏プロヴァンスの12か月 (河出文庫)

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ヨーロッパのいちばん美しい街 (地球新発見の旅)

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南仏プロヴァンスの12か月 (河出文庫)

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南仏旅日記

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南仏プロヴァンスの木陰から (河出文庫)

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スペイン バルセロナ/モンセラート

スペイン(バルセロナ/モンセラート) 南欧(バルセロナ/モンセラート/カルカッソンヌ/アヴィニヨン/エクス・アン・プロヴァンス/アルル/エズ/ニース /アンドラ/モナコ) フランス(カルカッソンヌ/アヴィニヨン/エクス・アン・プロヴァンス/アルル/エズ/ニース) ヨーロッパ 旅行 海外旅行

サグラダ・ファミリア内部①

サグラダ・ファミリア内部②

サグラダ・ファミリア内部③

サグラダ・ファミリア内部④

サグラダ・ファミリア内部⑤

サグラダ・ファミリア内部⑥

サグラダ・ファミリア内部⑦

サグラダ・ファミリア内部⑧

サグラダ・ファミリア「生誕のファザード」と「受難のファザード」の一部

サグラダ・ファミリア「受難のファザード」①

サグラダ・ファミリア「受難のファザード」②

港のレストランで食べたパエリア

レストラン入り口の氷のうえにならんだ海産物

グエル公園リザード

グエル公園ギリシャ広場」にあるセラミックベンチのモザイクタイル①

グエル公園ギリシャ広場」にあるセラミックベンチのモザイクタイル②

奇石の連なるモンセラート

カトリックの聖地、サンタ・マリア・モンセラート修道院付属大聖堂

 バルセロナを起点に南仏を巡る旅をした。途中、ピレネー山脈東部にあるアンドラ、そして地中海沿岸部に位置するモナコへも立ち寄り、わずかな時間だがふたつのちいさな公国を散策する。寒さが厳しい冬のヨーロッパだけれど、このへんは比較的あたたかく、場所によっては日本よりずっと過ごしやすい。とくにバルセロナは温暖で、春のはじまりを予感させる気候だった。ここを訪れる観光客のほとんどは、ガウディの建築が目当てだろうが、もちろんわたしもそうだ。サグラダ・ファミリアグエル公園、カサ・ミラ、カサ・バトリョなど、かれの手によるその面妖な作品を直に触れたかった。建築には詳しくないけれど、ガウディのそれはとても独特だ。有名な建築物の宝庫であるこの街でも、ひときわ異彩を放っている。だれともちがうし、どれにも似ていない。

 ダリがはじめて個展を開いた場所で、ピカソの通った美術学校のあり、ミロの生誕地でもあるバルセロナ。この芸術の都は、うつくしく、個性的な建築物であふれている。サグラダ・ファミリアのそばには、ガウディの師であり、ライバルといわれたドメイク・イ・ムンタネールとその息子が設計したサン・パウ病院が建ち、市内には同作家がつくった薔薇色のコンサートホール、カタルーニャ音楽堂も残っている。モデルニスモアール・ヌーボーの強い影響を受けたカタルーニャ地方の芸術様式で、19世紀末期から20世紀初頭に大流行した)全盛期にはガウディよりもずっと著名だったムンタネールのこの作品は、やはりどちらも世界遺産だ。著名な建築家の著名な建築だけでなく、市街地のなんでもないアパートやマンションさえ、ここのものはいちいち凝っている。

 鴇色や鳶色、萌黄や藤黄に塗られた壁。そこに描かれるチューリップやひな菊の柄。バルコニーを飾る、蔦や花弁を象った鉄製の囲い。柱に施されたカラフルなモザイクタイルと、天使や動植物の彫刻。複雑な曲線に縁取られた窓枠と、そこにはめ込まれたステンドグラス。そして、ここでは美麗な近代建築はもとより、不可思議な現代建築も数多くみることができる。レゴブロックで組み立てられたような集合住宅、リカルド・ボフィールのウォールデン7や、タイルで出来た巨大な弾丸みたいなジャーン・ヌーベルのトーレ・アグバル(バルセロナの水道局)真っ白な壁と透明なガラスが印象的な、現代の代表的なモダニズム建築家、リチャード・マイヤーバルセロナ現代美術館。流線型のフォルムが特徴のサンティアゴ・カラトラバによるバック・デ・ロータ橋。

 他にも世界中のアーティストが創造した建物やオブジェが街中に散らばっている。ガウディの作品は、しかし、そのなかでも際立った魅力を放つ。意外なのはサグラダ・ファミリアが、全景から受ける混沌とした感じとは異なり、近づいて細部を観察すると、いちいち可愛らしいことだ。この教会はキリストの生誕や受難、そして復活、大天使ガブリエルによるマリアへの受胎告知など、聖書に出てくる様々なシーンに彩られているが、それに加えて自然をモチーフとした装飾もそこかしこに盛り込まれている。ワニやヘビ、トカゲやイグアナ、カエルやカタツムリ、牛や馬、鳩に鶏、リクガメとウミガメ、椰子の葉、棕櫚の葉、植物の芽、椿やコスモス、オレンジ、洋梨、栗、無花果。それらの丸みを帯びたデザインと、そこに貼られたモザイクタイルの華やかな配色。

 すべてがとても愛らしかった。とくに現在の主任彫刻家、外尾悦郎の手掛けた、外壁大窓頂部の果実や、生誕の門の楽器を奏でる天使たちが気に入った。かれがこれから着手するという扉のデザインも素敵だ。青銅製のそれには一面に蔦が絡まり、アヤメや野バラが咲き誇り、そこでテントウムシやトンボが羽を休めている。葉や花のうえを芋虫が這い、木々にナナフシが身を潜める様子を、外尾は立体的に表現する。鮮やかに着色された扉は、暖かみがあり、親しみやすい。そして、写真をみてもらえばわかる通り、この教会はまた内部が素晴らしい。星形の多角形で更生された天井、樹木のように枝分かれしながら伸びる支柱。無数の窓から差し込む目映い光。宝石を散りばめたようなステンドグラス。こんなに緻密で複雑で優美で楽しい建築は今までみたことがない。

 モンセラートは、バルセロナ近郊の田園地帯にそびえる、奇石が連なる小山脈。雨風に侵食された奇妙な形状をしていて、でこぼこの山肌は陽光の反射により、白からピンクに変化する。モンセラーとは「のこぎり山」という意味らしい。でも、わたしにはそのでこぼこがバオバブの幹や蟻塚にみえた。ガウディはここでサグラダ・ファミリアの着想を得たという。それを知り、なるほどと膝を打つ。確かにあの外観はまるで蟻塚だ。また、山には多くの巡礼者が訪れる、カトリックの聖地、サンタ・マリア・モンセラート修道院と付属の大聖堂がある。この大聖堂には謎めいた黒いマリア像(彼女の皮膚がなぜ黒いのかについては諸説あり)が安置されている。

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バルセロナのガウディ建築案内 (コロナ・ブックス)

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GAUDi ガウディが知りたい! (エクスナレッジムック)

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ガウディ―ポップアップで味わう不思議な世界 (しかけえほん)

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もっと知りたいガウディ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

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CRUISE Traveller Autumn 2015―世界の船旅画報 ガウディを探して、バルセロナ遊覧。

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アントニオ・ガウディ (SD選書 (197))

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ガウディの伝言 (光文社新書)

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ガウディ伝 - 「時代の意志」を読む (中公新書)

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ガウディ

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アントニー・ガウディー [DVD]

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